世界は常にニューノーマル

コーディネーターブログ

コロナ禍から「ニューノーマル」という言葉が出てきました。

 

新しい普通。

 

新しい普通とは何でしょう?

 

こんにちは。
かなりご無沙汰していました。
コーディネータの上村(かみむら)です。

 

実はこれまでも本当はニューノーマルはずっと発生していたのです。
その変化があまり激しくなかったのでそれほど意識されなかっただけです。

 

考えても見てください。
パソコンは今多くの人が10〜20万円位で買ってる感じでしょうか?
一時期は100円パソコンなるものもありました。
しかし、30年前はどうでしょう?
私は32年前に国産のパソコン(DOS)を約40万で買いました。
しかし、その一ヶ月後Appleのマッキントッシュに出会います。
翌年AppleのMacintosh LCというピザボックス型パソコンを80万で買いました。
これがあったから幸運にも私は独立できたと言えます。
その後ゲーム制作に携わった時は100万のAppleのQuadraを2台同時に使いながら仕事していました。
今だと10万円台のMac1台で同じくらいの処理をしてくれるように思います。
パソコン一つを見ても環境は大激変ですが、当時と違い、今はスマホもタブレットも日常になっています。
当時はまだスマホもタブレットも無く、携帯も重くて高額でした。まだポケベルがあった頃です。

 

今はそれだけの処理能力のあるパソコンをかばんに入れて持ち運び、これまた当時は無かった「インターネット」(当時パソコン通信というものが一部の人の間で使われていました)で様々な情報を閲覧するだけでなく、エンターテインメントも楽しむ時代になりました。

 

もちろん当時検索サイトなどというものも存在しません。
スマホは一眼レフとまでは行かないまでも、かなりハイクオリティで、普通の人はスマホの写真で充分というスペックに達しました。
少なくとも当時の「写ルンです」などの簡易なカメラよりも何倍もキレイに撮影してくれます。
それを瞬時に遠方に、海外にさえ送ることが可能になりました。

 

ファイルはネットで共有し、同時に作業ができます。
熊本から東京に出張し、東京で作業をしながら、熊本からデータをバイク便で送ってもらったりしていたことを考えると奇跡的な社会変革です。
しかし、そこは今まで「流れ」で生まれた変革であるため、意識されて来ていません。
逆にうと意識して変えてきた人と「自分には関係ない」と思っていた人で大きな溝も生まれました。

 

2020年初頭からのCOVID-19問題で、これまで「流れ」で変わってきた変革はテレビのチャンネルを変えるように変わりました。
このシフトの仕方が「目に見える変革」というほど激しかったため「ニューノーマル」という意識になっています。
しかし、これまでにも書きましたように、常にニューノーマルは起こって来ていたのです。

 

常に時代を考え、新しいものを取り入れてきた事業者は、今回もすぐに頭を切り替え「この時流で世の中に必要とされるのはなにか?」を考え対応しているところも少なくないでしょう。
そう、このコロナ禍でも儲かっているところは儲かっているということです。
先日、とある大手企業の社長と秘書室長に私の経営する会社にお越し頂きました。
始めてお会いし、早々にその社長の友人(別の事業者の社長)もzoomで参加し、弊社にその社長を紹介頂いたベンチャーの社長を交え、会議が進行しました。
目まぐるしくアイディアが飛び交います。相互にアライアンスを交わしプロジェクトを進行することとなり、帰っていかれました。
頭の回転の速さ、決断の速さ、超スピードです。

 

何が言いたいかと言うと、「コロナで動けない」ではなく「今目の前にあるカードで取り組める事はなにか?」に向き合う姿勢が重要だということです。
これは何も大層な組織と資金と技術力が必要ということではありません。
それがあればなお良いと思いますが…。

 

例え話をしましょう。
このコロナ禍で大きなアパレルメーカーが複数倒れていっています。
これは外に出ていかなくなったので、外で着るおしゃれ着の需要が減ったと推測されます。
私はコロナ禍で、慌てて買いに行った服があります。
想像してみてください。
それがどんなものか解りますか?

 

zoom等のweb会議が増えて、フォーマルからセミフォーマル?ノーマルレベルの服で画面の前に座ると、自分が「寝間着を着ている?」という焦りを覚えました。
そう、普通の服が画面の向こうでは細かなディテールが再現されないため、のぺっとした寝間着を着ているように見えたのです。
私が慌てて買いに走ったのは自宅でリモート会議する場合の、リモート用の服だったのです。

 

これは意外と選ぶのが難しいのです。
特に画面に映っている範囲を意識して、リモート映えする必要があるのです。
もっとも、私には最初から洋服のセンスはありません。(デザイナーにあるまじき発言(^^;)
「寝間着じゃないよ」と判ればOKくらいの水準にしました。
しかしファッションに意識の高い人はどうでしょう?
1着といわず、何着も欲しいのでは無いでしょうか?しかも、四季折々。多分購入着数は1年でひとり10着くらいになるかもしれませんね。

 

また、私はなかなか自分で食事を作るという習慣がありません。
緊急事態宣言下ではよる8時以降はレストランもなかなか開いていません。
しかし、食事なので、「じゃあ食べるのは諦めよう」にはなりません。
何かしらの食事を必要とします。
特に緊急対応に携わっている人は自由に食事の時間を取れない人も多いでしょう。
「夜のテイクアウト」やってるのは、そのほとんどが、従来からのテイクアウトのお店ですね。
毎日同じものを避ける人の方が多くないですか?
あるお店が夜の部を始めますと言ったので楽しみにして何度か足を運ぶもやっていません。
昼間に行って、「夜何度か来たのですが開いてませんでしたよ。」と告げると、感動していただき、数週間後2日間だけテイクアウトで受付をされました。
もちろんその二日間はそのお店のテイクアウトを食べました。

 

「誰が」「いつ」「何を」「どのように」必要とするか?
これを考えることは決して無駄では無いように思います。
そして、実行する場合、
「誰に」「いつ」「何を」「どのように」伝えるのかをしっかり考えて手を打ちます。

 

ファッションやレストランだけにとどまらず、さまざまなところで、これは基本として考えることができることだと思います。
とは言え、一人で悩むのも限界があります。
まわりに相談してみるとか、それも難しい場合は、よろず支援拠点に足を運んでみられてはいかがでしょうか?
様々なコーディネーターが在籍しています。

 

もちろん私もお待ちしています。
一緒に未来を考える機会をいただけると幸いです。

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